デイトレーダー閉め出す証券取引所再編

ニューヨークとドイツ、東京と大阪など、世界中で証券取引所の再編が相次いでいる。株式を売買する「場」に過ぎないはずの証取の買収合戦が今なぜ起きているのか。そして今後どうなるのか。このまま再編が進めば、最後には個人のデイトレーダーが株式売買から閉め出される可能性が高い。

2011年5月3日、米ロサンゼルス。高級ホテル「ビバリー・ヒルトン」で開かれた金融セミナーで、ニューヨーク証券取引所(NYSE)を運営するNYSEユーロネクストのダンカン・ニーダーアウアー最高経営責任者(CEO)が協議中だったドイツ取引所との経営統合を念頭に、こう強調した。「資本の流れに愛国心はない」

2月に発表されたドイツ取引所との統合計画は独側の株主が新会社の株式の6割を握る内容で、米国内には「ニューヨークがドイツに飲まれる」といった感情論が渦巻いていた。ニーダーアウアーCEOの発言は批判的な空気を退け、米欧をまたぐ証取グループ実現の決意を改めて表明するものだった。

■マネー追って国境またぐ証取

かつて株式への投資マネーはそれぞれの国の証取に集まってきた。だがマネーが投資機会を求めて瞬時に国境を越えて飛び交う現在は、証取が逆に追う側に回る。証取は「場」から「企業」へと変身し、国際化しなければならなくなった。さもなければ投資マネーの流れに取り残され、取引の「場」を提供する機能を果たせなくなる。これが証取のM&Aが相次いでいるロジックだ。

ただ証取の再編は、独占禁止法に抵触する懸念もはらむ。「NYSEユーロネクスト―ドイツ取引所」の統合が実現すれば、欧州での金融派生商品(デリバティブ)の売買シェアは9割と圧倒的になる。このため「欧州の独禁法に触れる恐れがある」(米系投資銀行)として成立を危ぶむ声も出ていた。

そこを突いたのが、米国内でニューヨーク証取と勢力を二分するナスダックOMXグループだ。4月に新興の米インターコンチネンタル取引所(ICE)と組み、NYSEユーロネクストに対抗買収案を提示した。

だがこちらも実現すれば、米国での現物株式の売買シェアがほぼ100%に達する。ナスダックのロバート・グライフェルドCEOは「株主は分かってくれるはず」と買収に執念を見せたが、結局は5月下旬に提案を撤回。「これで暗雲は取り除かれた」。ニーダーアウアーCEOは胸をなで下ろし、株主の最終承認を得るための準備を急ぐ。

証取のM&Aが相次ぐ背景には、実はもう1つ理由がある。グローバルなマネーの流れが1つ目だとすれば、2つ目に挙げられるのは株式取引の世界におけるIT(情報技術)の急速な進歩だ。

■数ミリ秒単位の超高速売買注文

株式市場の主役であるヘッジファンドの運用残高は2兆ドルに上る。現在ではその取引の多くにITが活用されており、企業業績や経済指標、果ては政治家の発言に至るまで、コンピューターで瞬時に分析して売買を即決することができる。しかも大口の注文を一気に出すことで相場が急変動する想定外のリスクを抑えるため、金額を細かく分けた注文を数ミリ秒単位の超短時間に出す高速取引(HFT)が主流だ。証取はそれに対応できるシステムを構築しなければならない。

世界の証取のシステム関連投資は過去10年間で4~5倍に増えたとされ、そのコスト負担を吸収するには、M&Aで規模の利益を追求する必要がある。銀行、自動車、製薬、エネルギー……。世界の産業界ではM&Aによる規模の利益を追求する動きが強まっているが、証取も例外ではないわけだ。

昨年1月4日、東京・兜町。大発会が開かれた東京証券取引所で新型の株式取引システム「アローヘッド」が稼働した。HFTの普及に伴い、1件あたりの注文処理速度は従来の2~3秒から実に0.002秒程度まで大幅に短縮された。東証の斉藤惇社長は「世界の機関投資家が売買に加わるのは間違いない」と期待で声を弾ませた。

だがその後も、証取と投資家のシステム処理速度は競い合うように高まり続ける。その様子は「軍拡競争(アームズ・レース)」とも呼ばれ、想定外の相場急変動や金融危機といった未知の危うさをはらみつつ、際限なく加速している状況だ。

導入当初は世界最速の呼び声が高かったアローヘッドでさえ、常に性能の向上を求められる。東日本大震災直後に投機的な売買が急拡大したこともあり、東証は新たに来年5月をメドに、注文処理速度を0.001秒まで短縮する方針を決めた。

東証のシステム構築に呼応するように、今年初めにはHFT専門の取引会社が東京市場で売買を開始した。例えばGETCO(Global Electric Trading Company)。シカゴ本部のほか、ニューヨーク、ロンドン、シンガポールに拠点を置き、東京にはシンガポール拠点から注文を出しているようだ。発注時間が0.001秒より短い場合もあるという世界屈指の最速投資家の1つだ。

東証は今後も取引を活性化するために絶えずITに投資し、大口の機関投資家を引きつけなければならない。3月に明らかになった大阪証券取引所の統合協議はHFTの本格上陸という文脈に沿った話だ。

■従来の売買手法は通用せず

加速する証取再編の余波は意外なところにも及び始めた。

「個人投資家が消える」。最近、株式市場関係者の間でこんな声がささやかれるようになった。1000分の何秒かというスピードを競うHFTが主流になると、せいぜい1~2秒単位の早業が売り物だった個人のデイトレーダーはとても追いつけない。「板」と呼ばれる注文情報を素早く視認して値ザヤ取りを狙う売買は姿を消しつつあるという。

「東証が高速取引システムを導入して以来、従来の売買手法がそのままでは通用しにくくなった。悔しいが、2月の月間収支は初めてのマイナスに……」

これはデイトレーダーの「けむ」さん(仮名、34)が昨年5月に投資情報誌「日経ヴェリタス」で明かした悩みだ。

国境を越えるマネー、加速するHFT、再編を急ぐ証取――。そんな構図の中では、かつてヘッジファンド顔負けと言われた日本の個人デイトレーダーも片隅に追いやられてしまう。個人は長期保有を前提にした株式取引に戻るしかないかもしれない。

証取再編の歴史をたどると、口火を切ったのは欧州だった。2000年3月20日にロンドンの名門「サボイ・ホテル」で、パリ、アムステルダム、ブリュッセルの3証取を統合する「ユーロネクスト」構想が発表された。「真の汎欧州市場をつくる」。パリ証券取引所のジャン・フランソア・テオドール理事長は当時、記者会見で晴れやかに宣言した。

だがなぜ直接関係のないロンドンで発表したのか。「世界の投資家が集まる金融街、シティーで発表したかったから」(当時のパリ証取首脳)というのは、おそらく表向きの理由。実は1998年7月、同じサボイ・ホテルでロンドン証取とドイツ取引所の統合計画が発表されている。

90年代後半、統一通貨ユーロの導入を控えた欧州では、株式市場の拡大をにらんで証取の再編構想が水面下でいくつも話し合われていた。当初、有力だったのは独仏連合だったが、ふたを開けてみれば英独連合。そでにされたフランスが1年半後に同じホテルで違うパートナーと統合を発表し、意趣返しをしたというのが真相だろう。初期の証取再編劇は人間くさいドラマだった。

■日米欧証取連合の壮大な夢

幻に終わった構想もある。GEM(Global Equity Markets)。ニューヨーク、パリ、東京など世界の主要株式市場をネットワークで結び、グローバルな24時間取引を実現しようという壮大な夢だったが、「コストが高いわりに取引ニーズが小さい」との理由で断念してしまった経緯がある。

それから10年余り。世界の証取再編は「NYSEユーロネクスト―ドイツ取引所」、すなわち「米仏独」を軸に進みそうな気配だ。大証との統合を検討している東証の中には、国内統合よりもグローバルな「米仏独」連合に合流すべきだと主張する幹部もいる。すなわちGEMの復活だ。

もしそうなったら、取り残される大証はどんな行動に出るのか……。現在は株式取引の国際化・高速化が招いた世界的な証取再編だが、再び人間くさいドラマが繰り広げられるかもしれない。

(小平龍四郎)

思惑が渦巻く証取再編、思わぬドラマが生まれるか(写真は左からニーダーアウアーNYSEユーロネクストCEO、斉藤惇東証社長、テオドール・パリ証券取引所理事長=当時)

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