ジョージ・W・ブッシュ(12)小泉首相

初会談から信頼築く
日米関係の重視、固く一致

2001年6月30日、私はワシントン郊外のメリーランド州にあるキャンプデービッドで小泉純一郎首相と初めて会談した。歴代大統領が週末などを過ごすことで知られるキャンプデービッドに日本の首相を招いたのは、1986年の中曽根康弘首相、92年の宮沢喜一首相に次いで、小泉首相が3人目だった。

大統領山荘前の広場に到着した小泉首相のいでたちは青色のボタンダウンシャツとベージュのコットンパンツ。出迎えた私もモスグリーンのシャツというカジュアルなスタイル。会談場所への移動の手段は私がハンドルを握るゴルフカート。そんなフレンドリーな雰囲気で、我々の初顔合わせは幕を開けた。

キャンプデービッドでの会見で、小泉首相は記者団に「これほど大統領と信頼関係を築けるとは思わなかった」と会談の成果を強調。私も「首相の改革を称賛する」と述べ、当時、小泉内閣が進めていた経済改革路線への支持を表明した。

この記者会見にはちょっとした「演出」も含まれていた。会談前日、私はキャンプデービッドのマーク入りの革製ジャンパーとサイン入りの野球ボールを小泉首相に贈った。木立に囲まれた路上の会見場で、首相はそのジャンパーを片手に持ちながら私にボールをトスして見せたのである。

私が野球好きであることを知った上での彼自身のアイデアだと後で知った。日本に野球ファンが多いことも計算に入れてのことだったのだろう。そうしたセンスとスマートさにもとても感心した。
小泉首相は自分の言った言葉を守る男だ。そして自らの国を愛している。ユーモアのセンスもある。このセンスを持っている人間は自分に対しても健全な自信を持っている。それは指導者にとって、とても重要なことだと私は思っている。小泉首相は思慮深く、歴史もよく勉強していた。何か特定の案件について、彼は歴史的文脈に置いた上で、その位置づけを考える能力にもたけていた。

合衆国の大統領ともなれば、もちろん多くの友人ができる。しかし、小泉首相は私にとって、とても信頼できる身近な友人だった。大統領としてだけではなく、個人的なつながりを持つ友だ。だから、彼に対する友情は大統領の任期中だけでなく、退任後もまったく変わっていない。

私から見て、極東の平和を保つために最も有効な手段は日米両国が緊密な2国間関係を維持することに尽きる。その原則をロン・ヤスといわれたロナルド・レーガン大統領と中曽根首相、そして小泉首相もよく理解していた。付け加えれば、米国の大統領にとって日本だけでなく、韓国、そして中国とも良好な関係を維持することも平和を維持するためにはとても重要なことなのだ。

その観点からいえば、ロン・ヤス時代に比べ、私の時代に大きく違っていたのは中国の大国化という現実だった。私の大統領時代、まさに中国は上り調子に入っていた。しかし、私も小泉首相も中国の台頭に恐れを抱いたことなど一度もない。ただ、アジアにおいて、日米の緊密な関係が平和維持のための戦略には欠かせないという認識では固く一致していた。その信念の上に2人の信頼が重なった。だから、私の大統領時代、日米関係は最も強固なものになったのである。

(前米大統領)

ゴルフカートで会談場所へ=ロイター

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