安藤忠雄(20)佐治敬三さん

自由で豪胆な経営者
「失敗してもええ」美術館依頼

関西の自由で豪胆な経営者たちとの出会いが私に与えた影響は計り知れない。なかでも、サントリーの佐治敬三さんとの楽しい思い出は語り尽くせない。出会ったのは1972年。それ以降、年に1、2度だが、北新地でお目にかかるたびに、「ついてこい」と声をかけてくださった。「人間、前を向いて生きていることが一番大切」「ぶつかってもいいからとにかく自由にやれ」。教わったことは数えきれない。

佐治さんは、私のことは何も聞かず、ただ「人間として面白そうだから」という理由であちこち連れて行ってくださった。お会いしてから十数年たったころ、「お前、建築家らしいな」という。「知らなかったのですか」と問い返すと、「いちいち学歴や職業聞いておれん。一生懸命生きとるかどうかそれだけや」と言われた。一度だけ、佐治さんと開高健さんがご一緒されているときにお会いしたことがある。開高さんの「若者は全力で走れ」という一言は、今も深く心に残っている。

その後、佐治さんから7000坪の美術館の設計を頼みたいというお話があった。当時の私は、最大でも300坪程度の建物しかつくったことがなかった。依頼に来られる前に、「お前のつくったものを一つ見せろ」と言われるので住吉の長屋にご案内したら、「狭いな、寒いな、不便やな」とだけ言ってさっさとお帰りになった。

これでこの話は終わったのかと思っていたら、翌日、連絡があり、私の事務所に行きたいとおっしゃる。そして、「やはり、お前に頼む」と、正式に依頼された。散々文句を言っていたのにといぶかしんだが、「あの住宅には勇気がある。全力でつくっているのがいい」とのことだった。

佐治さんもそうだが、京セラの稲盛和夫さん、アサヒビールの樋口廣太郎さんなど関西の経営者は皆、私に仕事を依頼される前に必ずご自身で事務所を訪ねて来られた。わざわざ足を運んでもらうことに恐縮したが、何もねぎらいに来るわけではない。

建築は規模が大きくなると、設計から完成まで5年以上の歳月を要する。仕事をともにしようとする相手が、この先5年間もつかどうかを、自分の目で確かめに来ているのだ。物事の決定は他人に委ねない。必ず自分で判断する。私が出会った優れた経営者たちに共通した特徴だった。

依頼されたのは、サントリーミュージアム[天保山]。経験のない規模に不安を感じた私を、佐治さんは「失敗してもええから、全力で命張ってやりなさい」と激励した。

敷地は大阪湾に面しているので、海をいかに建築に取り込むか考えた。美術館と海との間に、親水公園を設けて建築と海岸を物理的につなげる。運輸省管轄の海、建設省管轄の護岸、大阪市管轄の敷地、これらすべてを民間のミュージアムに取り込んだ計画だ。それぞれと調整を進めるうちに気づいた。

日本独特のあしき縦割り行政のゆえに横の連携がない。異なった省庁が、互いの存在に関係なく回答を出してくれたおかげで思ったよりスムーズに許可が下りた。この仕事を通じて、既成の枠組みにとらわれず、境界を越えてあきらめずに対話をすることの重要性を改めて知った。

今でも目をつぶると、スリッパをたたき、「ローハイド」を歌う佐治さんの姿が思い浮かぶ。

(建築家)

2011/3/20付日本経済新聞 朝刊

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