テルモ会長が語る「一流」になる条件 ~グローバル人材を育てる~

売上高のおよそ半分を海外で稼ぐ医療機器大手のテルモ。業界では国境を越えたM&A(合併・買収)が増加し、内外企業が入り乱れての競争が一段と激しくなる。グローバル時代に通用する人材に求められる条件とは何か。和地孝会長は「一流になりたければ、商品を売るのではなく、自分を売れ」と語る。

海外の人たちは日本人と歴史も文化も違います。その事実を踏まえて、彼らに何を話すかがグローバル経営で一番大事なことだと考えています。何を言ったら現地の社員やお客様の心をとらえられるのか。それを考えるのが経営です。

当社の社員も10年くらい前までは、海外の国々の歴史や文化にあまり興味が無かった。それでは多様性なんて理解できません。だから私は自分が塾長であるリーダー育成研修「レオセミナー」や新年のあいさつ、様々な会議体などで歴史や文化を学ぶ大切さを訴えてきました。

例えば、一神教と多神教の国ではものの考え方が異なります。相手の宗教を知らずに海外でビジネスをするのは失礼なことだし、成功しないと思います。

もっと危険なのは最近の日本人が自分の国の近・現代史を知らなすぎること。日清戦争や日露戦争のことを知らないで、中国やロシアでビジネスをするなんて本当に怖い。まず日本の歴史や文化を勉強しないといけません。これは教育の問題ですけどね。

■歴史や文化を知っていることは大きな力だ

私自身、歴史や文化の力の大きさを痛感させられた経験は何度もあります。例えば、ドイツにある提携企業の経営者と初めて会った時、彼は当社を見下すような素ぶりを見せていました。そこで私は伊勢神宮の話をしました。「伊勢神宮は1300年も前から、20年ごとに正殿を同じ形、同じ大きさで造り替えてきていて、200年先を見越して木を植えている」。すると彼は「日本人はすごい、欧米人ならどんどん大きな物を作ってしまうだろう」と言い、それ以来テルモのファンになってくれました。彼の娘さんが当社の現地法人に勤めてくれたほどです。

スコットランドの企業を買収した時に私が最初に彼らに言ったことは、日本にはスコットランド民謡に日本語の歌詞をつけて、今に至るまで歌い継いでいる名曲がたくさんあるということです。「蛍の光」もその1つで、多くが明治時代に小学唱歌として導入されました。「同じ曲に感動するのは気持ちが通じ合う証拠だよ」と言うと、彼らの目の色が変わりましたね。

こんな話もあります。当社が中国に進出した1997年当時は、中国企業との合弁ビジネスしか認められていませんでした。しかし、当社は100%子会社を設立できました。なぜか。それは進出した浙江(せっこう)省杭州市の市長が私を認めてくれたからです。打ち解けるには歴史や文化の話が役立ちました。

私はたまたま大阪に来ていた杭州市長に会いに行きました。その席ではビジネスの話は一切せずに、日本との歴史的なつながりが深く、優秀な行政官であり詩人でもあった人物を数多く輩出してきた歴史ある杭州市の市長という要職は「教養人でなければ務まらないでしょう」と話しました。

市長はうなずき、杭州市が経済発展と環境問題という相反する課題を抱えていると打ち明けてくれました。そこで私は「二律背反する課題は教養人でなければ解決できないですね」とも言いました。要はバランスですねと。

私が市長の悩みを察したことで意気投合でき、その後、二律背反の課題を解決できる当社の医療機器の工場建設を認めてくれたのです。以来、杭州市長からは毎年仕事抜きでお招きを受け、これまでに15回も訪問し、一緒に月を眺めたり紹興酒を頂いたりしています。

中国工場のオープニングでも象徴的な出来事がありました。前夜の会食でのテーブルに水晶が置かれていて、そこに女性たちの絵が描かれていました。これは中国で人気の古典文学『紅楼夢(こうろうむ)』に出てくる女性たちで、彼女たちの生き方は人生の参考になりますよという話を聞きました。

翌日の開業セレモニーで、彼らが私に用意してくれていたのが紅楼夢の原書のコピーでした。彼らが誇りに思う本を、友好の証しに贈られたのです。私は子供のころから本に親しんできたので、紅楼夢を知っていました。ところが後で当社の社員に聞いてみたら、誰も紅楼夢を知らない。これでは彼らのもてなしを台無しにしてしまう。本を読まないというのは本当に怖いことですよ。

■自分を売り込めなければ、成功しない

相手の国に行って、いきなり商売の話なんてしませんよね。まずは相手の国の話を聞き、我々日本人の強さや良さを話すはずです。ゴルフと天気の話しかできないようでは一流にはなれません。当社の社員には常々、「商品を売るのではなく、自分を売れ」「仕事以外に実のある話が2時間以上できるようになれ」と言っています。

私自身も日ごろから異業種の人や芸術家と交流を持つように心がけています。私の経験では、人の心を動かすヒントは、自分とは違う分野で活躍する人たちから得られることが多いですね。(談)

(聞き手は、日経情報ストラテジー 川又英紀)