「我、いまだ白鵬たりえず」 横綱白鵬 6

あの白鵬が負けた。297日ぶりの黒星だった。「信じたくないという気持ちはありましたが、これが現実ですから」。苦い自問自答。「パパ、負けちゃったね」。幼い娘のひと言が、白鵬の目を「明日」に向けさせてくれた。モンゴルから、電話も入った。尊敬する父親からだった。

■父からの電話

人間は誰でも負けるものだから…後はしっかり優勝しなさい…自分はモンゴル相撲で5年連続の優勝をやった…お前にも、是非、5場所連続で優勝してほしい…大変だけど、頑張れよ…泥のようなため息をついても仕方がない。昨日の敗北から、今日、どう立ち上がるか。翌3日目の琴獎菊戦。白鵬は後の先(ごのせん)で勝った。4日目の安美錦戦も後の先。常人の感覚では、この決断の理由が分からない。

「受けの右足」で負けたのであれば、安全策ともいえる「攻めの左足」に切り替えて、帳尻を合わせようとするのが普通ではないか。「開き直ってんだよ」からからと白鵬が笑った。この辺りの精神体質が、彼の人格的迫力の源であろう。

「負けてもいいやと思ってね。全部(後の先を)やっちゃおうみたいな感覚だったんだけど。そ
したら優勝というものが、のしかかってきたから、そうはいかないぞって。今度は左足からに変えたりとかね」。九州場所、後の先は計8回。秋場所の3回から格段に増えた。豊ノ島との優勝決定戦も右で立った。「昀後はごっちゃんですってね」

土俵という舞台では、踏み出す足が右か左かというだけで、ここまでの心胆が練られている。

余談になるが、小学生時代、彼が好きだった科目は「算数」である。両親が息子に期待していたのは理系の道を進むことだった。「家では話題になってたね。昀初のころ、算数好きだったの。お母さん(医師)は、相撲はやら

せたくないとか、医者とか、そういう偉い人になってほしいと。猛勉強してたも、お母さんと。すごかったんだも、小学生の時。遊ばないで、2人でテストやったりとか。大変だったですよ」

「技」に関する面白い統計を見つけた。63連勝目の九州場所初日。その時点で、白鵬の幕内通算勝ち星は468勝だった。現場経験を踏まえた「決まり手トップ5」を、本人に答えてもらった。

「寄り切り、上手投げ、押し出し、はたき込み、で、すくい投げって、感じじゃないかな」

「パーフェクトです」。筆者のメモをのぞき込んだ付け人が、すかさず合いの手を入れた。

■すくい投げの意識

では、63連勝に限ると。

「寄り切り、上手投げ、すくい投げ?違う?押し出しか。で、すくい投げか」

通算、連勝とも(1)寄り切り(2)上手投げ(3)押し出しのトップ3は変わらない。が、本人の胸中には、連勝中、すくい投げが第3位に増加している印象があったようだ。そこだけが統計と違った。深い意味はないのか。すくい投げといえば、稀勢の里戦で、白鵬が昀後に2、3度試みて、通じなかった技だ。双葉山もすくい投げを仕掛けて連勝が止まった。これは単なる歴史の偶然か。

「双葉関も、負けた時、早く勝とうという意識があったわけ。我、木鶏たりえずだからね。相手を、なめたところもあったんじゃない?普通はじっくりまわしを取って攻める人なんだけど、昀後、投げた時に、墓穴掘ったわけ。すくったところで、左足に外からかけられた(外掛け)。『アレッ?』っていうのはあったと思う。そこにちょっと隙があったんですよ」。主語を「私」に変えれば、そのまま白鵬の敗戦コメントとして使えるような内容である。やはり、偶然ではなかった。

人間の記憶は、事実よりも、印象として刻まれるものであろう。白鵬がすくい投げの記憶を実際より濃厚に持っていたということは、ヒヤリとするようなすくい投げへの反省の機会が、それだけ多かったということではないか。「大鵬、北の湖が勝ちに行く相撲を取らなかったら、100連勝できただろう」。この一年、相撲雑誌で読んだという記事の一文を何度か口にし、「勝つと思うな、思えば負けよ」とひとつ話のように語った。「すくい投げ増加」も意識下の警告だったに違いない。

■激増した上手投げ

さらに注目すべきは上手投げである。69連勝の双葉山、63連勝の白鵬、53連勝の千代の富士。上手投げを一番の決め技にしていた点で、3人は共通している。白鵬の通算の上手投げは18%だが、連勝中これが27%に激増した。決まり手の4分の1を超える高率である。双葉山は20%、千代の富士は23%。「ウルフスペシャル」の千代の富士より、白鵬の方が、4ポイントも上手投げが多かったという事実――。

「俺の方が多いの?へーー」。誠に意外であるという声音を出した。初土俵、生涯昀初の決まり手も上手投げというからには、よほど思い入れがあるのだろう。が、「これが、ないんですね」と、にべもない。では、上手投げと連勝記録に、何か相関関係のようなものはあるのだろうか。

「やっぱり、勝ちたいんでしょうね。だから、タイミングというのがあるわけね。無理して寄り切ろうとすると、落とし穴がありますからね。寄るっていうことは、相手も土俵を簡単に割りたくないから、昀後の昀後、技を掛けてくるわけですよね。例えば、うっちゃりね。そうさせないため相撲ファンにしてみれば、盤石の寄り切りより、豪快な上手投げの方が見ていて楽しい。が、上手投げの急増は必ずしも褒められたことではなさそうだ。白星への焦燥感を多量に含んでいるのが上手投げ。無理して勝つのが寄り切り。白鵬的視点に立つと、土俵の攻防も随分違ったものに見えてくる。

では、白鵬が求める技の極致とは何だろう。連勝中の上手投げから「自己ベスト」を選んでもらった。即答だった。「まあ、春場所の鶴竜戦かな。2日目だったかな。右のかいなを返して、スパッと、左上手から投げた。(相手が)一回転した。相手が浮いたところに、ものの見事っていうのかな。スペシャルだね、あれは私の」

■白鵬スペシャル

白鵬スペシャル。その運動原理を知りたい。

単に左から投げるというのではなく、その前作業として、まず右の差し手を返し、相手の腰を浮かせる。そこが肝心だ。目の前の相手に、右からつっかい棒を出し、相手が寄り掛かった瞬間、棒を外し、さらに左から押したらどうなるか。裏返しになって、ひっくり返るのが道理だ。

「相手の腰を崩して、その瞬間にパッと返す」

右から左へ、そして左から右へ。反動が倍加するから鋭利に決まる。左右のコンビネーション技。2つで1つの技といってもいい。白鵬は一発で相手を仕留めようとは考えていない。「あるね。それが流れるように相撲を取るということ」。第1、第2、第3と、波状的に技を繰り出していく。しかも個々の技に隙間がない。「自分は決して力の強い人間じゃないし、相撲は力じゃないし」。波状攻撃は「非力」がゆえの創意工夫だ。「体の使い方です。だから力に頼ってないんです」。持論は「相撲は足腰8割、上半身2割」。非力が白鵬理論の根底にある。

■未完の伝説

我、いまだ木鶏たりえず。

双葉山が求めた昀強の極致とは、射すくめられた相手が闘わずして逃げ出すような強さだった。

「双葉山を知らない人も知っただろうし、知ってた人も、もっと深く知るようになっただろうし。俺のあこがれの、尊敬する横綱はすごいんだぞっていうね、みんなに知ってもらったっていうことで、少しでも恩返しできたんじゃないのかなと」

九州場所で5場所連続、17回目の優勝を果たし、白鵬が名文句をはいた。

我、いまだ白鵬たりえず。

後の先という神秘の伝承を、彼は徹底的に模倣することから始めた。そこに新風を加え、発展させたところに独自の後の先、昀強の境地がある。

2011/01/04スポーツ:日本経済新聞印刷画面昨年10月、夢で双葉山と対戦したことがあるのだという。「勝敗?覚えてるけど、越えてないのに言えるわけないじゃないですか」。時空を超えた後の先対決。「待ったなし」の声が掛かれど、両者にらみ合ったまま微塵(みじん)も動かない……。詳細を聞けるのはいつの日か。

土俵の直径は15尺(4.55メートル)。畳、2畳半の長さしかない。土俵が狭いから相撲は面白い。心の強弱が影絵のように瞬時に砂上に映し出される。

「ちっちゃい土俵だし、俵を割れば負けだから。相撲は考えてやるもんじゃないんだよね」白鵬の相撲を見る楽しみは、彼の心の底力を知る楽しみでもある。人間の心がいかに奥深いものであるか、そこに思いを巡らす。

技には限りがあるが、心は無限だ。
63連勝1敗。そして、すでに13連勝。白鵬は未完の伝説を仕上げる使命を負った。
2011年1月9日。東京・両国。初場所初日。
「心のひとり舞台」が横綱白鵬を待っている。
(おわり)

編集委員 朝田武蔵

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