西岡喬(25)アナリスト

私が社長に就任した1999年は、いわゆる事業の「選択と集中」が叫ばれ出したころだ。経営説明会での証券アナリストとのやり取りで、今もはっきり覚えているエピソードがある。

鉄鋼需要は低水準で推移していた。三菱重工業が生産する製鉄機械は新規受注がほとんどない。アナリストから次の質問があった。

「なぜ西岡さんは製鉄機械をやめないのか。これだけ需要が落ちているのだから事業を捨てるべきではないか」

私はこう答えた。「当社が製鉄機械を捨てたら、日本の製鉄機械の産業基盤が大幅に弱まる。日本はドイツ製などの設備を買わなければならなくなる。特定の外国企業に市場を押さえられ、価格はどんどん上がる。だから日本で生産を続ける必要がある」と。

するとアナリストは、「西岡さん、あなたは首相じゃないんだ。会社は株主のためにあることを忘れていないか」。私としては株主のことを忘れていたつもりはない。「お客様が要らないと言うものは、やめる。製鉄機械はお客様から必要だと思われていると、当社は考えるから、事業は捨てない」と切り返した。

製鉄機械は2000年5月、日立製作所と事業統合に合意した。三菱重工としては、この事業の強化が狙いだった。その年の10月、販売やエンジニアリングの統合会社を両社の折半出資で設立した。

02年に生産も統合した。現在は統合会社「三菱日立製鉄機械」の経営を三菱重工が主導し、生産を広島にある当社の機械事業部に集約している。リーマン・ショックを乗り越え売上高は伸びており、顧客から「三菱の製鉄機械は要らない」との判定は受けていないものと認識している。

ルームエアコンも、この先どうするのかと、よく言われる事業。「ビーバーエアコン」の名前で売っており、三菱重工が製造する数少ない消費財のひとつだ。収益がその夏の寒暖で大きく左右される。

しかし、地球温暖化で暑い地域が次第に増え、ロシアなどでもルームエアコンが売れ出した。人口も世界全体では増えているのだから、たいへん将来性のある製品だ。生産はすべてタイに移し、事業を強化する体制を整えた。

カーエアコンや冷凍機など冷熱分野の製品群も当社は多い。ルームエアコンを持っていることで、技術開発面の相乗効果も見込める。「総合メーカー」の利点であり強さだ。「総合力」を備えた日本企業は少なくなく、その強みを発揮する必要があると思う。

三菱電機も「霧ケ峰」の名前でルームエアコンを製造販売している。「三菱グループとして事業をまとめたらどうか」という指摘にもっともな面はある。が、双方とも、事業統合の必要性をとりたてて感じていないのが実情だ。

やめた事業がないわけではない。製紙機械は私が会長だった07年に撤退した。国内の需要は縮小しており、世界に目を向けると海外メーカーがどんどんシェアを伸ばし、競争力で差をつけられていた。挽回(ばんかい)は容易でないとの判断に至った。

しかし私が経営トップのとき、たたんだ事業はほとんどない。製造業はとりわけ5年先、10年先を展望し、長期的視野で経営することが重要だ。なぜなら技術力は、一度捨ててしまうと二度と戻せないからだ。いっときの採算悪化で技術もろとも事業を捨ててしまっては話にならない。

(三菱重工業相談役)

サッカー人として – 三浦和良

考え、悩み、前に出ろ

この時期は契約のことがみんなの関心事になる。契約終了が決まった後にチームを救うゴールを決め、一転「残留」となる選手もいれば、リーグ戦34試合のうち33試合に山場した翌年に解雇される遇手もいる。選手の運命は移ろいやすい。

十数年前、契約期間を残しつつ、チーム事情で解雇されたブラジル人選手がいた。違約金の減額を求められたうえに、クラブに顔を出さず日本を去ってほしいと頼まれ、「退団理由は『妻の出産のためブラジルに帰国国する』ということにしたい」と言われたという。その奥さんは日本の産婦人科に通い、日本での出産を心持ちにしていた。「なのにオレはこんな理由で辞めたと思われるのか」と彼は嘆いた。

クラブにはクラブの言い分がある。それを納得できる形で説明すれば後ろめたさはないはずだ。言い繕って隠すのは説明能力がないから。クラブの判断や考え、哲学に自信がないからだ。僕には理解できない。

契約に限らず、サッカーでは納得できないことも起こる。判定一つに文句を付ける選手も最近は多い。主張することはいい。でも「なぜこうなるんだ」と文句を言いつつも走らなきゃ。「なぜこうなんだ」と不満に終始し、放棄するようならプロとしては終わりだ。

17歳のころ、ブラジルで悩んでいた僕は諭されたものだ。「懐はいつだって考えている」「考えるだけで止まっている人間はたくさんいる。お前もそうだ。考え、悩め。でも前に出ろ」

失敗して、人生のレールを踏み外すこともある。その時も、フラフラでもいいから止まるな--。「一気に100?進まなくていい。カズ、1センチでいいから前へ進むんだ。考えるだけではダメだ」。今も胸に残る。

過去の実績なんてものはどこかへしまって、今を歩む。150点以上ゴールしたのは苦の話。今の僕にはどうでもいいんだ。仮にFW経験がない監督が懐にシュートに関して指示をしたとする。「シュートでは教わることはない」と考えるようでは、伸びない。耳を傾け、プラスとなる何かを探すことだ。

学ばない者は人のせいにする。学びつつある者は自分のせいにする。学ぶということを知っている者はだれのせいにもしない。僕は学び続ける人間でいたい。

(元日本代表、横浜FC)

2010年11月4日日経