下村脩(31)若い人たちへ

あきらめず、がんばれ
失敗気にせず逃げないで

ノーベル賞を受けた翌年の2009年3月、日本に一時帰国して、日本化学会などが主催する講演会に招かれたときのことだ。講演後のパネル討論の場で、会場の若い参加者から私への質問が出た。おそらく研究者かその卵であろう。「研究で成果が出ず、行き詰まったときはどうすればいいか」という問いだった。

ちょっと考えた後、こう言った。「がんばれ、がんばれ」。つべこべ言わずに努力をしなさいという、突き放したような言い方に、ひょっとしたら聞こえたかもしれない。もう少し丁寧な答え方をしようとも思ったのだが、私が言いたかったのは、結局はこの「がんばれ」という単純な言葉に尽きるのである。

「やりたかったことをやっていて行き詰まったらどうするか」と、聞かれたこともある。この質問の真意が私にはよく分からない。

すぐにあきらめたり、ほかのことに移ってしまったりするのは、それはそのことが本当にやりたかったことにはならないのではないだろうか。

もちろん、人が置かれる状況はそれぞれ異なるだろう。私の場合は、生物発光というテーマを与えられ、その不思議さに魅せられつつ、格闘してきた。

ノーベル化学賞の成果となった、緑色蛍光たんぱく質(GFP)の発見までには、同じオワンクラゲからとれた発光たんぱく質のイクオリンや、それ以前に日本で取り組んだウミホタルのルシフェリンの研究が役立った。これらが成功裏に進んだのは、様々な幸運もあったし、巡り合わせが作用した。

しかし、そのような思わぬ偶然を引き寄せることができたのは、少しの失敗は気にせず、あきらめずに努力したためである。試練には何度となく直面したが、私は逃げることは考えなかった。逃げることができなかったといってもいい。

研究者として、私は実験がうまいとも言われる。「神の手を持つ」などと神格化するようなことを言われたこともある。実際のところは、私は不器用で、実験は上手ではない。よく失敗する。ただ、簡単にはあきらめない。うまくいかなかったら考え直して、別なやり方を試みてみる。だめだったらもう一度。それを何度も繰り返す。それだけだ。

今の研究者には難しいテーマには取り組もうとしない傾向があるようにみえる。こうやれば、結果が出ることが見えているものは手がけるが、すぐに結果が出そうにないものは、始める前から尻込みしてしまう。最近は女性より男性にこの傾向が強い。女性の方がまだ元気があるような気がする。

科学研究に関していえば、私がやってきたのはずっと基礎研究である。生物発光の研究を、何かの役に立つとか考えたことはほとんどない。そうした基礎研究の蓄積があって、緑色蛍光たんぱくGFPのような、後に社会に役に立つものが生まれた。まったく予想を超えたことであった。あらかじめ、予定されている成功などはないのだ。

日本の若い人たちに重ねていいたい。がんばれ、がんばれ。物事を簡単にあきらめてはだめだ。

(生物化学者)

母校の大阪府立住吉高校を妻と訪問、生徒に語りかける(2009年10月)

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