細川護熙(24)連立政権の群像

「二重権力」実相と遠く
誠実・したたか…個性的面々

8頭立ての馬車は、苦労も多かったが、個性豊かな人々との出会いの場ともなった。
副総理の羽田孜氏は、まったく裏表のない、誠実で、人の話にもよく耳を傾ける人だった。連立政権の中枢にいた新生党の小沢一郎代表幹事にも面と向かって、言いにくいことも率直に言っていた。

いまはちょっと語りづらいが、その小沢氏について、マスコミが細川政権の「二重権力構造」などというのは、実相からはかなり遠い。小沢氏といえば、すぐ「強権」などといわれるが、私が知る限り、物事を決めるとき、必ず「あなたの方はそれでいいですか」と相手の判断を求めながら議論を進めていた。

きわめて慎重かつ合理的な考え方をする人だが、物事が自分が思っている方向に進まないと横になってしまったりすることもあって、何回かてこずらされた。

公明党書記長の市川雄一氏は、ものの考え方が誠に論理的で、時によって相手を言い負かしてしまうので、味方にすればこれほど心強い人はいないし、敵に回すととてもやりにくい相手だと思う。律義な性格でまめに報告があり、私を立ててくれた点では一番だった。

小沢氏、市川氏、米沢隆民らと対立したのが、官房長官の武村正義氏だ。ムーミンパパと呼ばれたぼう洋とした風貌と体形に隠された戦略性や行動力は、相当したたかなものだった。

ただ正直いって私にはいまもって理解できないところがある。私とはもともと日本新党と新党さきがけの政治的同志だったが、野党対策の名目で頻繁に自民党と連絡を取っていたことが、与党内で一体どこの官房長官だと警戒を生むことになった。

与党第1党の社会党にはいろいろ手を焼かされたが、委員長の村山富市氏は言うべきことは言うし、なかなかの人物と思っていた。審議のルールにも詳しく「わしらが野党のときは、あんなむちゃはやらなかった」と、自民党の横暴ぶりに憤慨していた。

私に向かって「よく夜中に騒ぐ男じゃのう」と言われたが、それは「おたくの事情でこんな時間になったんですよ。歴史は夜作られるんだから」とよくやり合ったものだ。

書記長の久保亘氏は気骨のあるリベラリスト。何でもすぐ党に持ち帰るというので「社会党の書記長はそんなことも自分で決められないのか」と他党からよく突っ込まれていた。党内右派だったから左派に気を使わざるを得ない立場で苦労されたようだ。

さきがけの園田博之氏は小沢氏と武村氏の間にあってバランスとりに腐心してくれた。実にいい政治感覚の持ち主でいろいろ助けてもらった。〝老中役″の渡部恒三氏は民意を読むことにたけており、ここぞというとき、あの独特の語り口でよく私を励ましてくれた。

官房副長官の鳩山由紀夫氏は官邸のさきがけトリオの一角を占めていたが、武村氏のような政治的行動はなく、見かけ通りの人柄で、私も内輪のような気安さと安心感をもって接していた。真撃に職務に精励していたが、時々、教育的指導で小沢氏にしかられていたようだ。いまもあまり変わりないようだが(笑)、やはり17年の歳月は長い。

(元首相)

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