小宮隆太郎(29)日銀批判と反論

ゼミ仲間同士で論争
白川氏と相談し擁護論展開

私は、マクロ経済問題、税制、貿易、国際金融、産業政策、独禁政策、公共部門のスト権の問題等々、「応用経済学」の様々な分野に関心を持ってきた。「器用貧乏」と揶揄されたこともある。

金融政策も私が長年にわたって関心を持ち続けた問題の一つである。私は日銀のエコノミストたちと真っ向から対立して論争したことが何回かあった。

一回目は1960年代前半の吉野俊彦氏との論争である。当時の私はマクロ経済と国際金融関係は万事、ケインズ的に考えていた。他方、吉野氏は金本位制主義だった。J・M・ケインズにとって、金本位制は「大嫌いなもの(betenoire)」だったが、吉野氏にとりケインズとケインズ経済学は、”betenoire”だった。生意気な若造であった私を相手に議論に応じてくれた吉野氏に、私は深く感謝している。しかし、基本的な経済哲学が違っていた。

二回目は「73-74年の大インフレーションは日銀が起こした」という趣旨の76年の論文で金融政策を厳しく批判した。当時の日銀幹部が田中角栄首相の「日本列島改造論」に遠慮して金融引き締めが遅れ、マネーサプライが膨張して石油危機以前に大インフレが始まったと私は論じた。

三回目は77年以降の私に対する外山茂理事(当時)の厳しい批判と、私の反論である。「日銀派」を代表する外山氏は、欧米の標準的な金融理論以前の古い考え方で、手品のように恒等式から様々な結論を導くが、私にはその論理が分からなかった。

80年代後半から90年代初めにかけての「バブル」現象についても、日米経済摩擦のもとで日本の黒字をさらに増やす恐れのある金融引き締めを日銀がためらったことが一因であると私は考えた。

しかし、政治・行政からの独立性を大幅に強化した新日銀法が98年に施行された後の日銀の金融政策は、「百点満点に近い」と私は述べた。

これに対し、今度はかなりの人数の経済学者が反発した。要するに「もっと早くゼロ金利にしろ」とか「為替介入の効果を『不胎化政策』で減殺するな」という主張だ。私が大学院で指導し共著もある岩田規久男さんや、かつての東大の同僚の浜田宏一さんが一番厳しかった。ゼミOBの山本幸三衆院議員も日銀叩きで名を馳せてきた。

私はあまりにも「日銀バッシング」がひどいと感じ、白川方明さん(当時日銀企画室審議役)と相談して八代尚宏さん(同日本経済研究センタ一理事長)にお願いして、討論の場を設定してもらった。論争は「金融政策論議の争点」という本になった。同書には小宮ゼミ仲間が日銀批判と反論の両方に何人も登場した。

日銀の政策委員会や支店長会議の写真で、小宮ゼミOBの白川総裁と大学院で教え「現代国際金融論」の共著者でもある須田美矢子委員の二人のお姿が並んでいるのを見ると、私は不思議な気持ちになる。

私はいつも始まりは「少数派」であり、今もその気持ちは変わらない。しかし、しばらく前にマル経の若い人に「小宮さんこそ多数派でしょう」と言われて驚いた。「多数派」と言われるということは、もうあまり斬新な意見を述べる舞台には登場しないということで、現役ではなくなったわけであろう。

(日本学士院会員)

About sayfox
Bubbles of river disappear rapidly.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。