田淵節也(22)M&A前史

勉強になった小糸事件
数々の攻防戦に立ち合う

欲得が渦巻く証券市場ではいろんなことが起きる。その一つが株買い占めだ。僕自身幾つかの事件にかかわった。1989年、米国の投資家ブーン・ピケンズが、麻布自動車グループが買い集めた小糸製作所の株を譲り受け、揺さぶりをかけてきた。最初は目的が分からなかったが、小糸の筆頭株主のトヨタ自動車に株を買い取らせるのが狙いらしいということになった。野村証券はトヨタの幹事証券として事件に立ち会った。

日米摩擦に絡む思惑もあって「肩代わりしてはどうか」と役人が口を出し、一時は緊迫した。僕も「ただじゃ済まんぞ」と思ったが、立派だったのは豊田英二さんだ。「動いちゃいけない」と一言だけ言って相手にせず、顔色一つ変えない。大人の風格の本物の経営者に接し「この人の言う通りにしなければ」と思い直した。株価が下がり、相手は退散したが、豊田さんは僕を借用してくれ、僕は動かないことの大切さを学んだ。

1980年代前半の読売グループの土地持ち企業、よみうりランドの株買い占めでは機敏に動いた。僕は日本テレビ放送網の社外取締役だったので他人事でなく、株売買の手口を調べて小林与三次さんに報告し、務台光男さんと相談して言うことを聞いてもらった。相手を会社に呼んで話し合い、交渉をまとめたのは僕だ。その後の地価高騰で株価も急騰したので、解決が遅れていたら高く付いたと思う。

笹川良一氏のヂーゼル機器の株買い占めで、僕も中に入って事実上の解け合いの処理をしたのはその前だったと思う。大株主の銀行が一旦株を引き取る約束が、土壇場で一行が抜け、野村がその分を引き受けた。笹川さんがなぜ買い占めようとしたのかは分からない。後始末に苦労していた息子の笹川陽平君とはその時知り合った。その縁で陽平君に頼まれ、僕は今、笹川平和財団の会長をしている。

買い占め事件では野村は幹事証券会社として専ら防衛側に付く。しかし、事業会社のM&A(合併・買収)は証券会社の本業だ。野村は1988年に野村企業情報を設立してM&A時代に備えた。

M&Aの先駆者、ミネベアの高橋高見君を公然と支えたのはソニーの大賀典雄さんと僕だろう。高橋君は「カナダを拠点に世界一の養豚事業をやりたい」などと夢を語るスケールの大きな事業家で、買収で喧嘩を売って歩きながら用心深いところがあった。財界の有力者、今里広記さんの日本精工がライバルだったから後ろ盾が欲しかったのだろうと思う。彼の方から僕を訪ねてきて、友達になった。

ミネベアが三協精機に買収を仕掛けた時は、三協に八十二銀行、三菱銀行、日本興業銀行が付き、ミネベアに住友信託銀行、日本長期信用銀行、野村が付く構図になった。膠着状態に陥り、僕は「無理は通らない」と鋭得して退かせた。高橋君が今も健在なら大活躍しているだろう。

昨年の王子製紙と北越製紙の買収攻防で野村は買収側に付いた。両方とも野村が幹事だから逆の立場もあり得ただろう。義理人情の時代は終わったのだから、割り切って考えればいいのではないか。

僕は村上ファンドやステイール・パートナーズなどには興味も関心もない。儲けたいという人はいつの時代にもいて、現れては消える。株式市場には付き物の、本質とは関係のないアヤだと思う。

(野村証券元会長)

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