トーリ監督 LIFE&BALL – ジョン・トーリ 6

日本の野球ファンは、オフシーズンをどう過ごされているのだろう。ご存じのように米国では、野球シーズンが終わるとフットボール(NFL)、バスケットボール(NBA)、アイスホッケー(NHL)などがスポットライトを浴びる。プロスポーツを見るのはとても楽しく、私もじっくり腰を落ち着けて観戦したいところだが、立場上、そうはいかない。このオフにやらなければいけないことが幾つかあるからだ。

まず、ファンにも関心の高い来季のスタッフと戦力を整えること。野球は一シーズンごとが勝負であり、与えられた戦力でペナントレースを乗り切らなければならない。野球界にはトレードなどのルールがあるとはいえ、開幕前に可能な限り万全の駒を用意することは、どのチームにも一番の課題であるのだ。

企業であれば人事というべきか、ヘッドハンティングというべきか。方針に基づいて組閣をしっかりとしなければならない。そこには一切の私情や妥協は許されないのだ。その方針については、企業によっても違ってくるだろう。すぐに結果を期待するために即戦力を求めるのか。長期的ビジョンに立ち、あくまで育成しながら結果を勝ち取るのか。その見極めはとても大切なところである。

野球をビジネスの視点から見れば、恐らく両方を求めることになるのだろうが、現実はそんなに甘いものではない。しつかりとした組織の方針が必要とされ、それが鮮明に打ち出されていれば、後は方法論の問題である。まずは、今季の戦い方を多角的に分析し、何が不足だったのかを見いださなければならない。

それでは、わがヤンキースでは何が不足だったのか。このオフには何が急務なのか。日本のファンの方には「そんなのは一目瞭然(りょうぜん)だ」という人もいるかもしれない。

確かに、今季は投手力で落とした試合が多かった。プレーオフでもそれが露呈してしまった感はある。九年間の監督時代で最も投手力が弱かったとまでは思わないが、投手陣の層から見れば、かなりの計算違いが生じてしまったシーズンだったとはいえる。中でも先発投手陣が問題で、短期決戦ではその力の差が如実に表れてしまった。

幸い、わがチームには優秀なゼネラルマネジャー(GM)、プライアン(キャッシュマン)がいる。現在、来季の投手スタッフ再建のため、各チームの状況を見据えながら、水面下では、し烈な情報合戦を繰り広げている。連日、米国の新聞をにぎわわせているのは、天敵ともいうべきボストン・レッドソックスのペドロ・マルティネス投手だ。同投手についてはもはや説明するまでもないだろうが、このオフは、マスメディアに囲まれると必ず「ヤンキースは彼を獲得するのか?」という質問を受ける。

十八日にもテキサス州ダラスで講演を行ったのだが、この質問が最も多かった。どうやらジョージ(オーナーのスタインプレーナー氏)がマルティネス投手と接触したのが明らかになり、注目に拍車をかけたようだ。

私もこれまで「マルティネス投手は、メジャー界のエリート選手であることに違いはない」と話してきた。私の言動で」フロントスタッフに迷惑がかかってばいけないと留意してきたこともあるが、この際、はっきりお話ししよう。監督というのは、どんなおもちゃも欲しがるものなのだ。色々なおもちゃがあれば楽しく遊べるし、ファンの方にも楽しんでいただける。それがビジネスに結びつけば、それ以上のことはない。

マルティネスはヤンキースにとって、またヤンキースだからこそ面白い素材であると私は思う。ここで勘違いしていただきたくないのは、私はマルティネスをおもちゃと言っているのではない。素晴らしい才能を持った選手と巡り合い、共に戦えることは、どの監督も願っていることではないだろうか。

それは何もプロ野球の監督に限ったことではなく、会社のトップに立つ人、管理者であれば、誰もが感じることではないかと思う。個性があり、実力があり、面白い。こんな人材は誰もがのどから手が出るほど欲しいはずだ。そして、それを組織の中で生かすのが監督であり、管理者の仕事ではなかろうか。

さて、マルティネスの話はこの辺にしておこう。オフの行事として、私がカを入れているものの一つに、慈善事業やチャリティー活動がある。

ジーターやポサダなどヤンキースでも積極的に行っている選手はいるが、私が携わっているのは前立腺がんのリサーチ組織に対する活動だ。私自身、開幕前に同じ体験をし、現在に至っている。あの体験は私に色々なことを学ばせてくれた。がん撲滅は人間にとっての悲願でもある。

野球人として社会にいかに貢献するか、いやできるのか。それは野球人としての理想であり、また本来のあるべき姿ではないかと考えている。かつてベープ・ルース、ジョー・ディマジオという選手がそうだったように。ヤンキースナインには常にそんなお手本であってほしいと、私は願う。(おわり)