松井が語る「ベンチ裏」 – 松井秀喜

「ヤンキースの四番」として、名実ともにチームリーダーに成長した松井秀喜選手。ベンチ裏でもすっかりチームの人気者になった。ゴジラが今年の舞台裏を語った。

おにぎり・イズ・ベター

--小さな紙袋を持って球場入りしますが。

風呂敷に包んだおにぎりが二つ入っています。知人が寝試合前に調達してくれます。好きな具はオカカと梅。米は石川県産のコシヒカリ。のりは日本から送ってもらったもので、試合の一時間ほど前に自分で巻いて食べます。試合前のおにぎりは欠かせません。(イタリア系の)トーリ監督からは冗談めかして「パスタ・イズ・べター」と言われましたけど。

食事では、孫は優しい」を心がけています。豆、ゴマ、ワカメ(海藻)、野菜、魚、シイタケ(キノコ)、イモの語呂合わせです。巨人時代、キャンプで栄養学の先生の講演を聞いて、覚えました。

--打席で構えに入る前、なぜバットを見上げるんですか。

黒いマークが投手の方を向いているか確認しています。マークはバットの一番軟らかい部分に押してある。構えた時、マークが投手の方を向いていると、インパクトの瞬間、マークが上を向いて、バットの一番堅い部分がポールに当たるんです。

僕のはいわゆる難しいバット。こっちの人のバットより中程が細い。根元は同じでも、こっちの人のものは根元により近い所から太くなる。そうすると芯(しん)の部分が広がるが、折れやすい。A・ロッド(ロドリゲス)が一度貸してくれと言ってきたことがある。三振して、次の打席は使ってませんでしたけどね。「お前、バットのせいかよ」みたいな感じでした。

ジーター大好き

--チームメートの間で「はやり言葉」があるそうですが。

何かにつけて、みんな語尾を上げる感じで「I NO」と言いますね。誰かが変な打ち方をして、笑い者にするときなどに使います。「I NO」と言うと、「おれはやんねえぞ」みたいな感じですかね。

移動のバスに乗っていて、スタイルのいい女性がミニスカートで歩いているのを見ると、それだけで、みんなが「I NO」とかなって、訳が分からないですね。そういうとき、先頭を切ってやジーター。「I NO、マツ(松井)。ルック・アト・ザット」とか言うんですよ。ジーターは普段はばかばかり要って「どうしようもねえな、コイツ」と思います。

でも彼のことは選手としても、人間としても尊敬しています。僕が感じるのは彼の「変わらないすごさ」です。どんなに緊張するような場面でも、二死走者無しの場面でも、打席での表情や一球一球に対する集中力が、彼は変わらない。それが常にできている。だから、どんなときも一番頼りになる存在なんです。普段も常に自分と接している相手のことを考えています。誰と接していても変わらない。言い訳もしない。マスコミからも逃げないし、自分が打てなかったことを何かのせいにすることもない。人間としでも、野球の上でも、彼と僕に通じるものがあると感じる。彼のことが大好きです。

ロックに乗って爆発

--チーム内で松井グッズが人気ですね。

プロ三、四年目ぐらいから地下足袋型の靴下を履いています。普通の靴下だと、指と指の感覚はほとんど分からない。それを一本一本離すことによって、自由に動く。地面をかむ感じですね。

去年ヤンキースに入った時は「何だ。お前それは」と、みんなに笑われました。シェフ(シェフイールド)が今年五、六月ごろに興味を持ち始めた。彼は元々足の指が悪くて、こすれて痛くないようにスポンジをはめていたんです。「試させてくれ」というので同じ型の靴下をプレゼントした。ジェイソン(ジアンビ)にも作ってあげた。

僕のロングスパッツもシェフ、ジェイソン、ポサダ、シエラが履いています。真っ黒なスパッツなんですけど、素材が柔らかくていい。「縮め付けられている感じがしない」と評判です。

--野球以外で今シーズン変わった点は。

九月末、打席に入る前に球場で流すテーマ曲を変えました。一打席目からZZトップ、ヴァン・ヘイレン、AC/DC、ローリングストーンズの順で流れます。変更した試合から3試合連続ホームランを打ちました。ビートのきいたロックが僕の野球のリズムに合っちゃったんでしょう。

来年の目標? 毎年、目標は同じ。ワールドシリーズ制覇です。数字の目標はない。僕の場合、個人成績だけを目指して、プレーをしろと言われたら、いいものを出せないと思う。勝ちたいという気持ちの中でプレーしている方が、よっぼどいいパフォーマンスを出せると思っている。だから、そういう気持ちでやることがむしろ自分の一番いい部分を引き出すと思っています。

(聞き手はニューヨーク=朝田武蔵、イラストは新田和繁)
(日本経済新聞2004年11月2日)

トーリ監督 LIFE&BALL – ジョン・トーリ 5

「一瞬で変わる流れ痛感」

松井は試合前も主役。爆笑の芸で結束力は高まった

シリーズが終了した翌日の夜、私は人気スポーツ番組「ボンバーエジアソン・ショー」という生番組に出演した。聞くところによると、日本的発想だと「敗軍の将は多くを語らず」ということだそうだが、宿敵ボストン・レッドソックスが世界一となり、私に対する周囲の関心もいつになく高いように感じた。野球ファンの要求に応えるのも、プロとしての仕事である。私は逃げるのは嫌いだし、二つ返事で生出演を引き受けた。

「いったい、あなたはどんな気持ちでレッドソックスの勝利を見届けたのか?」「ボストンが勝つとは思っていたか?」など、冒頭から容赦ない質問を突きつけられた。だが、私ははっきりと言った。「レッドソックスが4連勝して世界一になったことについて驚きはない。彼らの強さは、シーズンの戦い方、リーグチャンピオンシリーズの戦い方で十分に分かっていた」

これは偽りではなかった。本当の感想だった。それなら・・・と、ヤンキースファンなら言う人もいるだろう。「ボストン相手にヤンキースは3連勝し先に王手をかけていたではないか」と。「あとアウトカウント三つというところまで、追い詰めていたではないか」と。

でも、それが野球の怖さなのだ。いや、短期決戦、すなわちプレーオフの恐ろしさ、難しさでもあるのだ。我々は決して油断したわけではなかった。だが、一つのプレーが、一瞬にして「流れ」を変えることがある。レッドソックスは結果的に、ワールドシリ」ズまで一気にその流れを自分たちのものにしてしまったわけだ。

それではヤンキースはどこで流れを変えられたのか。リーグ優勝決定シリーズの勝負の分かれ目はどこだったのか。日本でテレビ観戦していた多くの方は「第4戦の″あの盗塁″」と答えるかもしれない。勝利まであと三つと迫った九回、無死一塁から代走ロバーツに盗塁を許し、ミューラーの中前適時打で追いつかれ、後続は断ったものの、五番手のクアントリルがつかまり延長サヨナラ負け。ボストン4連勝の足がかりとなった、そう、あの盗塁だ。

米国のテレビや新聞も連日、その場面をクローズアップしていたし、実際、評論家もそう見る人たちは多かった。無死から「走るぞ、走るぞ」と見せかけ成功した積極的な走塁は、「やっぱり」という思いと同時に「まさか」という気持ちにさせた。やられた方は心理的ダメージを受け、仕掛けた方はチームに勢いをつけたとみたのだ。しかし、私はそうはみなかった。

あれがなければ・・・・というつもりは毛頭ない。ただ振り返って何が大きかったかといえば、私は松井の打席を真っ先にあげるだろう。覚えていらっしゃるだろうか。第5戦の4-2でリードした六回二死満塁、ペドロ・マルティネス投手を相手に松井が右中間に放ったライナーを。打った瞬間に抜けると確信するほどの会心の当たりだった。ところが守備がそれほど評価されていない外野手(ニクソン)がそれをダイビングキャッチ。その後、チームの歯車が少しずつ狂い始めたのだった。

もしあの場面で外野手が守備に定評のある選手だったら、あのプレーはさほど意味を持たなかったかもしれない。無難に打球を処理し、マウンドのマルティネス投手もあれほど喜びを表さなかったろう。また、ヒットになったとしても、同じことが言えたのではないかと思う。なぜなら、打者は松井。それまで手が付けられないほど打ちまくっていたヤンキースの四番打者なのだ。すべては守備力が評価されていなかったニクソンがダイビングキャッチを試み、美技を披露したところに意味があったわけだ。

実際、あの直後、ボストンの本拠地フェンウェイ・パークは大騒ぎとなった。一つのプレーがチームカを結束させ、勝利への連鎖反応を起こしたのだった。

チーム力の結束といえば、日本の皆さんに対し、こっそりと話しておきたいことがある。あのシリーズでの松井の活躍は目を見張るものだったくだが、彼の活躍はなにもグラウンド内だけに限ったことではなかった。試合前のクラブハウスでも主役は松井だった。実はミーティングの最後に、松井が皆の前で、芸を披露してくれていたのだ。これはとても面白いものだっが。時にはプラックジョークだったり、寸劇だったり。詳細を公表できないのは誠に残念だが、通訳を介さず、松井が必死にしゃべる英語は、ある意味とても新鮮だった。

ネタはその日その日でスタッフが考えていたようだが、皆を笑わせて気持ちよくグラウンドに送り出してくれたのも松井だった。松井だったからこそ意味があり、ナインもみな大笑いしていた。彼はチームのムードメーカーとして、結束力を高める重要な存在になっていたのだ。

このシリーズでも数人のキーマンが現れた。ロパーツ、ニクソン、松井・・・。勝利にとってキーマンは重要な存在である。だが、これはなにも野球に限ったことではない。社会にもビジネスにも当てはまることなのだ。