トーリ監督 LIFE&BALL – ジョン・トーリ 4

「機を見た対話、絆深める
不振のジアンビに心砕く。彼も一発でこたえてくれた」

今月も様々な出来事があった。日本の皆様にとって関心が高かったのは、小泉総理大臣のの始球式ではなかったかと思う。ヤンキーススタジアムには、これまでも歴代の大統領や各国のトップが訪問されたことはあるが、日本の現職総理義が始球式を行ったのは初めてだと聞いた。さぞかしヒデキにとっても、いい刺激になってくれるだろうと、私はひそかに期待していた。総理の投球はボールになつてしまったものの、外角高めに直球が投じられた。捕手を努めたのはヒデキだった。

そういえばこの始球式の前に、面白いことがあった。ごった返す一塁側ベンチでは、イサオ(広岡広報)がこの事態を収拾拾するため汗だくになってマスコミの応対に追われていた。ベンチ入りする選手一人ひとりに「ソウリー(申し訳ない)」と声をかけ、ナインに迷惑をわびていた。

私はすかさず「今日はOK。気にしなくていいよ」と声をかげたが、後で聞けば「ソウリー」とともに「総理(ソウリ)!」と連呼していたとか。思わず笑ってしまった。日本語と英語に似たようなな発音があることは知っていたがまさか・・・・・。

小泉総理とは、ダッグアウトで少し話す機会に恵まれた。「ヤンキースの四番打者を努めている松井君は日本人の誇りです」と話していた。総理はとても気さくで、ユーモアのセンスがある方だという印象が強い。でも私にとって強烈な印象を植え付けたのはあのヘアスタイルだったかもしれない。ヒデキが「一時、日本でもぜ”ライオンヘア”といって話題になりました」と教えてくれた。

 残念ながら我がチームには「髪やヒゲを伸ばしすぎないこと」「きちんと髪を切ること」というルールがあるため選手としては認められない。だが、個性という点からすれば。最高の髪型だと思う。米国メディアも関心を抱いていたようた。

さて、本題をグラウンドに移そう。今月、私やチームにとって、一番の明るい材料はジェイソン・ジアンビ選手が戻ってきたことだ。ジアンノビは七月に良性腫瘍と診断され、故障者リスト入り。約二ヶ月間、治療、リハビリ、トレーニングを続け、十四日に戦列復帰した。

チームのムードメーカーであり打の主力選手である彼を、私は復帰後、即スタメン「六番」で起用した。いくら実績のある選手とはいえ、いきなり定位置(四番)に戻すのは、酷だろう。試合勘を取り戻させるためにも、打順に配慮したつもりだった。ところが復帰してから3試合で11打数無安打とバットから快音は聞かれない。それどころか、本来の豪快な鋭いスイングも見られず、とりあえず一度、私はジアンビをスタメンから外す決断をした。

一方で、一時最大10.5ゲーム差に突き放した2位ボストン・レッドソックスが1.5差と詰め寄ってきていた。マスコミもにわかに騒ぎ始めていたころだった。

私の中では、ボストンが追い上げてきたとはいえ、焦りは全くなかった。ただ、復帰したジアンビと話すタイミングを「いつにすべきか」と見計らっていた。

なぜなら私は話のタイミングをとても重視する。例えば、夫婦喧嘩(げんか)をしたら、どちらも頭を冷やす時間が必要だ。そのうちに仲直りの言葉も浮かんでくるだろう。しかし、せっかくの言葉も、適切なタイミングで言わないと、水の泡になる。結婚あるいは同せいの経験者なら、きっと思い当たるふしがあると思う。早まってしまうと、火に油を注ぐようなものだ。相手は耳を貸さないか、あなたの意図を曲解してしまうだろう。逆に待ちすぎると、チャンスを失ってしまう。

同じことが監督と選手の対話でも言える。タイミングがすべてなのである。どんなコミュニケーションが必要か見極めたら、今度は話をする最善のタイミングを計らなくてはいけない。そのタイミングは、相手が心を開いているころ合いを見計らって決めること。当事者の言葉が妥当であっても、扉が閉まっていたのでは用をなさない。

私はジアンビの様子をうかがっていた。するとスタメンから外れて数日後、彼が打撃ケージの後ろでたまたま私と隣り合わせた。話す時が来たな、と私は考えた。私は彼に言った。「結果は求めていない。君はプレーオフのときに状態を上げてくれればいい。私もチームも、それ求めている」。ジアンビは私の言いたいことを理観してくれたようだった。

そして翌二十一日、私は彼を「七番」に起用した。彼はすぐさま答えを出した。第1打席、12号逆転2ラン。別に私が話したからジアンビが打った、と言っているのではない。ただ、私と話して復調が早まった可能性はある。監督は選手のプレーを直接どうこうできないけれども、選手に関心を示すことで絆(きずな)を強めることはできるのだ。これもタイミングがうまくいけばの話であるが。

そんな話をしていると、傍らからイサオが「それでは日本の首相もタイミングを見計らって来たのでしょうか?」と質問してきた。私は一本取られた、と思った。

【ジェイソン・ジアンピ】メジャー屈指の飛距離を誇るパワー打者。2000年にア・リーグMVP。02年、アスレチックスからヤンキースに移籍。メジャー10年目の33歳(写真はAP)

管理は経営にあらず

組織が大きくなると「管理」することが必要になってきますが、それは「経営」することと同じ意味ではありません。経営とは、世の中にとって何か新しい価値を生みだす事であり、管理の目的は現状を維持することです。経営が管理に堕したときに企業の輝きは急速に色褪せていくのだと思います。

松本冠也(パイオニア会長)

NiKKeiBusiness 2004年9月27日号

アスキー仮想報道 – 歌田明弘

うーん、グーグルはやっぱりとてもおもしろい。ハイテク企業最大級の株式公開を、グーグルは、証券会社にケンカを売って敢行してしまった。

株式公開に影響を与えてはいけない静粛期間といっても、証券会社は上客には情報を提供している。それなのに、雑誌で誰でも読める情報は大問題になるなんてとニューヨークタイムズは『プレイボーイ』の記事をめくる騒動について椰輸していた。私が読んだなかではグーグルの株式公開について珍しく’グーグル寄り’の記事だった。

意表を突く株式公開

ついにグーグルが株式公開をした。時価総額は3兆円近い。日本でいえば、ソニーや松下電器の時価総額が3兆5000億円ほど。日立が2兆3000億円。時価総額で言えば、そのあいだぐらいのメガトン級の企業が突然のように出現してしまったことになる。

グーグルは土壇場になって売り出し価格も売り出し株数も大幅に下げたものの、それでも16億6000万ドル(約1800億円)の資金獲得に成功し、30歳と31歳の2人の創業者セルゲイ・プリンとラリー・ペイジはそれぞれ4000万ドル(約44億円)の現金を得て億万長者の仲間入りをした。もっとも2人が売ったのは持ち株の1パーセントちょっとで、グーグルの株だけでもその百倍の資産を所有していることになる。

しかし、「グーグルはやっぱりおもしろい」と思ったのは、そうしたお金の額のせいではない。わずかの期間に株を上場し、大金を得たネット企業はこれまでにもある。グーグルが、というよりグーグルの若い2人の創業者がやっぱりとてもおもしろいと思ったのは、彼らの選んだ株式公開の方法のためである。

株式公開はふつう証券会社が顧客に購入意志を聞いてまわり、顧客の反応やさまざまのデータを勘案して売り出し価格を決める。売り出し価格は、証券会社が顧客たちからのビジネス上の見返りを期待して、公開後、株価が上昇して顧客たちが儲かるように低めに設定される。購入できるのも証券会社の上客が優先され一部の金持ちが儲かる仕組みであるとグーグルの若い創業者プリンとペイジは見て、そうした公開方法を拒否したのだ。

かわりに彼らが採用したのはかオランダ・オークション々と呼ばれる競売方式である。ヤフーや楽天などの通常のネットオークションでは、購入希望者は低い額から競り上げていく。オランダ・オークションはその逆で、高い額から売り手が値段を下げていき、購入者は買いたい価格のところで落札するか競り下げ々をするわけだ。オランダのチューリップ市場ではこうした競売が行なわれてきたそうで、日本の花市場などでも踏襲されているらしい。

サザビーズやクリステイなどのオークション風景がときにテレビに映るが、競り上げでは激しい競争になって売却がなかなか決まらないことがある。競り下げ方式は、同一のものをたくさん売る場合にも価格が早く決まる。同じ花を何本も売るときなども、売り切るまで落札額を下げていけばいい。

今回の株式公開でも、高額の入札をした人から順に公開予定株数までの入札者が購入でき、売り出し価格は、落札者の入札価格のうちもっとも低い額になるルールだった。高額の入札をしても、最終的に決まった売り出し価格で買うことができるわけだが、どうして息じほしいと思えばとりあえず高い額で入札せざるをえない。多くの人がそういう行動をとれば、売り出し価格はどんどん高くなっていき、「とりあえず」のはずの入札額がとりあえずではすまなくなる。証券会社が自分たちの思惑で価格を低く設定する場合に比べて高値で公開できる可能性が高いかわりに、公開株を手にした人々がこの株価は高すぎると思えば、株式公開と同時に売りに出し、大暴落ということだってありうる。前例のない株式公開だから、グーグルの幹部たちにとってもひやひやもののリスクの高い選択だったはずだ。

反発する証券界

グーグルのユニークな株式公開方法について、少なくとも公開にいたるまでは批判的なムードが強かった。グーグルのオークション方式はいわば従来の証券の仕組みにケンカを売ったわけで、それまでグーグルを賛美していた証券会社やアナリスト、ベンチャー・キャピタルなども一転してグーグル批判派に回り始めた。

グーグルが証券会社へ支払う手数料は通常より安く、また5株から購入できるので、個人客が増えて手間がかかる。引き受けを降りてしまった証券会社も出てきて、いよいよグーグルにたいして冷たい雰囲気が漂った。

さらに、社員に発行していた株を登録していなかったというケアレスミスが発覚したり、株式公開に影響を与える情報を出してはいけない盤肝粛期間でしかも公開直前という時期に、グーグルの創業者の一人のインタビューが『プレイボーイ』誌に載るなどの事件が続き、証券関係者に取材して報道しているメディアも、(日本の経済紙も含めて)グーグルのやり方に懐疑的なニュアンスの記事が大半だった。

グーグルは売り出し価格の予想を当初108ドルから135ドルのあいだとしていたが、結局、売り出し価格を85ドルに下げ、幹部やベンチャー・キャピタルなどが持っている株の売り出しを減らすなどの措置をとった。その結果、株価の割安感が強くなり、公開日に株価は18パーセント上昇、大暴落のリスクは避けられた。何とも波瀾万丈の株式公開だったわけだが、そうなった大きな原因のひとつはやはり競売という異例の方法をとったこと、そしてそれによって証券界が反発したことにあるだろう。

しかし、株式公開に限らず、従来の商取引では参加者が限られているために一部の人たちに特権が与えられるなど旧弊な慣行がまかり通ることが多い。グーグルはともかくも一般の個人客を重視し、独自のやり方を成功させたわけだ。

ネットのオークションでは短期間に並行して大量の商品の価格を決定し売買することができる。ヤフーや楽天などでは人気サービスのひとつになっているが、それだけにとどまらず、オークションはもっと一般的なインターネットのインフラになっていく可能性もあると思う。先端的なネット企業であるグーグルはそうしたことも感じとってあえてこのような方法をとったのかもしれない。

クークル民主主義

グーグルは、ほかのページから張られているリンクを計量することでウエブページの格付けをするかページランク々と呼ばれる仕組みを開発し、検索の世界に革命を起こして一躍注目されるネット企業になったわけだが、ページランクでは、個人か企業か、有名か無名かにかかわりなく、無数のサイト間に張られているリンクによってウエブページの価値が決まっていく。
権威のある組織によって決まる価値
づけとは違い、民主的なシステムだとグーグルはかねがね言ってきたが、この言葉は一種の宣伝文旬だと思っていた。しかし、人気絶頂のいまふつうに株式公開しても大金が転がりこんできたはずなのにわぎわぎ波風の立つ株式公開をしたのを見ても、どうやら彼らは自分たちの信じる民主主義を本気で実践しているようだ。グーグルの重要な決定をすべて握っていると言われる2人の若い創業者をか検索業界の革命児々とだけ見るのは当たっておらず、彼らは既存の社会にたいする革命児でもあるのかもしれない。

グーグルは株式公開にあたって分厚い目論見書を発表したが、その冒頭にある「創業者からの手紙」の末尾には、グーグルについて「世界をもっとよい場所にする会社にしたい」と書いている。また、「悪いことをするな」というのもグーグルの社是であると言い、たとえ短期的な利益を損なっても悪いことはするべきではないとも頚百いている。

よかれと思ってしたことも別の人にとっては悪く見えたり、結果的に悪いことになる場合もある。そういう意味ではか悪いこと々というのは相対的なもので、「悪いことをするな」というのは素朴すぎる言い方だとは思うが、こうした青臭さを臆面もなく出すところが現在のグーグルのよさなのだろう。もっともよかれと思ってしたことがそう出兄えないということは、こんどのグーグルの株式公開でも、またグーグルが始めている事業でもすでに起こり始めている。いまもっともクールな企業といわれるグーグルが何を考えているか、次回ももう少し見てみよう。

●株価に影響をあたえる情報発信をしてはいけない静粛期間であるにもかかわらず、株式公開の直前に米『プレイボーイ』誌に載ってしまっ
たグーゲルの創業者ラリー・ペイジのインタビュー〈http:〃www.playboy.com/features/features/googleguys/)。一時は株式公開延期もうわさされた。

V1へ「オレ流黒子采配」 – 落合博満

就任1年目で公約の日本一に前進、最も監督に向かない人物との世評覆す。
現役時代からの几帳面な自己管理、観察眼が監督業にフルに生きる。
気になるのは、マスコミを敵に回しかねない「素っ気なさ」だ。

「目立たず、威張らず、怠らず」を信条にしているのではないか。中日ドラゴンズの新人監督、落合博満の言葉の端々からは、こんな思いが伝わる。
試合中、ほとんど表情を変えない。劇的な快打が出た時にほんの少し口元を績めるだけ。目立つべきは選手で、監督は黒子に徹すべしと考える。
現役時代、落合はスター監督の星野仙一、長嶋茂雄の下でプレーした。チームは「星野中日」「長嶋巨人」と呼ばれ、勝っても負けても監督の言動がクローズアップされた。監督本人が望んだことではないが、手柄を独り占めする格好になっていたのではないか。現役の頃、そんな疑念が落合に芽生えた。今、頻繁に口にするのは「ウチの選手は大したもんよ」という褒め言葉だ。
落合が選手を怒鳴りつける場面に、出くわしたことがない。体育会系の長幼の序が厳然と生きている世界だが、若くても、キャリアが浅くても、1人のプロ選手として扱おうと心がけている。星野のように、怒鳴りつけるのは愛情表現だとする監督はいる。長嶋にどやされたのを認められた証しと受け止め、勲章にした選手もいた。
だが、落合は監督就任と同時にコーチ陣に対して鉄拳制裁を禁じた。威張らずに選手のカを引き出すのが、プロの指導者という方針を徹底した。だから他球団でよく見かける熱血コーチ、鬼軍曹は、中日にはいない。

流れや勢いには任せない

だからといって、選手を野放しにしているわけではない。試合に臨む準備を怠るな、とよく言っている。嫌いな言葉は「流れ」「勢い」。試合のターニングポイントを取り上げて「流れが中日に‥・」や、若手の台頭で「チームに勢いが…」といった見方をバッサリと切って捨てる。
「ウチは流れや勢いに乗って試合をしているのではない。当たり前のことを当たり前にやっているだけ」。キャンプから備えてきたプレーを忠実に積み上げて戦っていると言いたいのだ。
同じような意味で「頑張れ」や「踏ん張れ」という言葉も好まない。そう言って励まし合うのはアマチュアがやることであって、プロなら頑張り、耐えるのは当たり前だと思っている。落合はピンチになると、自らマウンドヘ赴く。そこで投手にどんな言葉をかけるのか。続投なら、気合を入れたり、激励したりするものだろう。だが落合は「オレは現役時代にもマウンドヘ行ったが、ピッチャーに“頑張れ”なんて言ったことがない」そうだ。それよりも1塁手の視点でとらえた相手打者、走者、ベンチの動きを具体的な情報としてバッテリーに伝えたのだ。
1塁走者と1塁ベースコーチの何気ないやり取りの中に、相手の“仕掛げ’の気配を感じることがある。打者のスタンス、スイングが同じ打席の中でも微妙に変わることがある。打者との勝負に集中するあまり、バッテリーは案外、こんな仕掛けを見過ごしている。
そこで打者がファウルを飛ばした後などに、タイミングよくマウンドに向かい「走ってくるぞ」とか「変化球狙いだ」といった手短なアドバイスをした。今も投球フォームの乱れを指摘したり、勝負する打者への配球を指示したりはするが、「頑張れ」とは言わない。
そんなマウンド上のやり取りの中身が、なかなか漏れてこない。以後の対戦に響くことを考慮し、マウンド会談の詳細をマスコミに明かさないのは、どの球団も同じ。だが、勝った喜びがはじけた時や負けた悔しさから、内容が思わず表に出てくることは少なくない。だが今年の中日からは、それがなかなか漏れてこない。「隠す」ことも、戦いへの備えを「怠らず」にやっていることのうち、なのだろうか。
本塁打頼みの巨人野球に意図的に反発するかのように、攻撃では足を使いバントも多用する。「ウチは面白くない野球をするよ」と、落合はシニカルに言う。フロント主導で巨砲ばかり集める、巨人を批判しているのだ。1番荒木雅博、2番井端弘和が先導して走りまくる攻撃は、今やセントラル・リーグ各球団の脅威。荒木と井端がダブルスチールを敢行して勝利を呼んだ時、両選手は「サインでしたよ」と試合後短く言った。
だが、落合は「サインは出していない」とはぐらかし、「ウチの選手はどの場面でどうすればいいか知っている。それができるように、キッチリと教えたコーチも立派だ」と言った。
作戦をぼやかし、選手を褒め、コーチも持ち上げる。“1コメント3効果”。オレ流の図太い言動で覆い隠しているが、意外なほどテクニシャンなのだ。
「職人肌の選手は監督に向かない」が、プロ野球界の定説だった。自分の打撃や投球に打ち込む集中力は素晴らしい。だが、人を使い、1つにまとめて目標に向かうバランス感覚を欠くというのが、監督に不向きとされる理由だった。三冠王に3度なり、打撃を語らせたら日本一の落合だが、「監督向きでない典型的人物」と見られていた。
だが、現役時代の足跡を丹念にたどると、落合が決して持って生まれたセンスだけで野球をしてきたのではないことがよく分かる。

職人肌は監督不適格のウソ

三冠王になったのは1982、85、86年。在籍したロツテは2位になったことはあるが、それは阪急プレーブス(現オリックス・ブルーウェーブ)や西武ライオンズの独走を許した大差の2位。ほとんどのシーズンでBクラスに低迷し、秋には観客もまばらな消化試合が続き、選手の意欲は萎えていた。
そんな当時、ロツテの先乗りスコアラーだった長谷川善三(故人、「阪神ダイナマイト打線」時代の遊撃手)は「備えの落合」をこう証言している。
「閉幕が近いと、オフの遊びや契約更改のことで、選手は気もそぞろ。こちらが懸命に集めたデータは見向きもされなかった。そんな時でも、落合はデータの補足説明を熱心に求めた。ペナント争いの勝負はついても、次のシーズンに備えなければならないという姿勢。チームメートのリー(77~87年ロツテに在籍)と、相手投手の配球やクセをよく話し合っていた。2人が好成績を残せたのは、当然だと思う」
83年、パシフィック・リーグ最多勝投手の山内和宏(南海)は、ロツテ時代の落合に16打数で13安打(うち本塁打5本)と、めった打ちされた。90年に中日でチームメートになった時、じっくりと落合を観察した。「実に几帳面な人だというのが分かった。ロッカーの整理や遠征の時の荷造りなど、驚くほどきっちりとしている。この調子で対戦投手の投球内容も整理、分析しているのだから、打たれたのも当然だった」と回想した。
ロツテ時代、当時の本拠地である川崎球場(神奈川県川崎市)のバッターボックスのラインが、少しずれていると指摘したことがある。グラウンドキーパーは首をかしげたが、細かく測ってみると、落合の言う通りだった。
打席内で立つ位置が、ほんの数cmずれても打撃に影響するという、想像を絶する神経の細やかさ。「その調子だから監督になって破天荒なことを言っているが、(本質的には)用意周到で綿密な試合をする監督になると思う」と、山内は開幕前に予言した。 監督に就任してからの落合の言動は確かに型破りだった。中日は前監督の山田久志の後任に、野村克也か落合かで非常に迷ったと伝えられている。監督経験豊富な野村なら安定したチーム作りが期待でき、優勝争いにも加わる確率が高い。監督はおろか、コーチ経験もない落合にチームを託すのは、大きなリスクが伴うと見られていた。しかも、およそ監督向きとは思われていない人間である。
そんな周囲の危惧を逆手に取るかのように、落合は数々の過激、と言って言い過ぎならば挑戦的な発言をした。

記者団-星野さんや上田利治さん(元阪急、元日本ハムファイターズ)など名将の誉れ高い監督の下でプレーしたわけですが、手本にする監督はどなたですか。
落合-いません。

儀礼的に一時代前の名将の名前を挙げておくのが無難と思われるが、そうしない。FA(フリーエージェント)制の導入、ドラフト自由枠の採用で、どんな名将でも駒が揃わなければ腕の振るいようがない時代になっている。この点でも「FA選手獲得など大型補強はしない。若手を育てる」とキッパリと言い切り、実行した。
究極の強気発言は「投手陣はいい。目指すは日本一」だろう。監督を引き受けるからには日本一を目指すのは当たり前という“注釈付き’’ではあるが、新人監督がここまでハツキリと言った例は記憶にない。
現役時代は「3つ取る」と予告して、その通り三冠王になった。その時は口にして自らにプレッシャーをかけるという意味があったが、自分がプレーしない監督が、そこまで断言するとは。巨人の突出した戦力、優勝で自信をつけた阪神の充実した陣容を知ったうえで、どうしてそこまで言えるのか。
ここには落合得意の”口撃”のにおいがする。現役時代はタイトルを競り合う選手を名指しで、しかもさりげなくけなした。西武時代の秋山幸二が最大の被害者だろう。「彼は気が弱いので、土壇場になれば勝手に落ちてくれる」。マスコミを通じてこの話が伝わり、人のいい秋山が落ち込むという計算があったのではないだろうか。
監督になっても「ヨソのことは知らん」と言い、「ウチは基本に忠実に、いつも通りの野球をやるだけ」と繰り返しながら、租っぼい野球をするようになった巨人、星野退陣でタガが少々緩んだ阪神をそれとなくけなしている。
巨人の掘内恒夫(56歳)、阪神の岡田彰布(46歳)は自分と同じ新人監督だけに、すかさず先制口撃を仕掛けたと見られる。名門意識の強い巨人、阪神で育った2人には、マスコミの反響の大きさを考えると、落合のような思い切った発言はなかなかできない。もちろん中日の成績が振るわなければ説得力がないが、周知の好成績である。
型破りにして細やか

「基本に忠実に」と言いながら奇策を用いることもある。ヤクルトスワローズから中日へFA移籍してから3年、故障で沈んだきりの川崎憲次郎を対広島の開幕投手に起用した。「復活に命をかけている選手を後押しするのは監督の務め」と言った。だが、川崎は2回と持たず広島打線にKOされた。
川崎本人も落合も、本当に回復した自信があったのか。それとも広島戦に続く対巨人3連戦に先発投手を1枚回すために、開幕戦を半ば捨て試合にするウルトラ奇策だったのか。
公約の若手育成については、「右打ちの4番打者を育てる」と宣言、新人の中村公治に目をつけた。投手陣では2年目の長峰昌司、3年目の高橋聡文らを戦力に組み入れ、長峰は8月29日の対横浜ペイスターズ戦で先発投手としての初勝利を上げた。野手では守備、代走要員だった6年目の英智(蔵本)を左翼に定着させた。 若手の起用が増えると、ベテラン、中堅の出番が減るのは自然の成り行き。チーム内に不満がたまり、そこから崩れた前例は数限りない。この辺りの対策にも抜かりはなさそうだ。
落合とコーチ陣は、元レギュラーで14年目の内野手井上一樹(33歳)や、9年目の内野手渡遽博幸(34歳)らと、グラウンドで頻繁に言葉を交わしている。試合前の練習で落合が見つめる打撃練習は、決まってこれらベテランだ。お前たちを見捨てはしない、出番は必ずある、というパフォーマンスだ。
さらに見落とせないのは、巨人から移籍のプロ22年目、まもなく40歳になる川相昌弘の存在だ。守備、代打要員というよりはバント要員になっているが、黙々と仕事をこなす。立浪和義(35歳)や山本昌(39歳)ら超ベテランの域にさしかかった生え抜き組も、選手生命の瀬戸際で淡々とプレーする川相を見て気持ちを引き締める。落合が川相を招いた狙いが分かる気がする。
とはいえ、万事順調に見える落合にも死角はある。一番気がかりなのは、マスコミとの関係がしっくりといっていないことだ。時には険悪でもある。試合後のインタビューで記者がほんのわずかでも作戦、用兵の行き違いをただすと「お前らの思うようになっていたら140試合全部勝つ」と言い放つ。
星野も記者たちに「お前ら」と言った。だが、そこには「チーム担当記者も戦力」と言うだけあって、仲間意識の響きがあった。落合は現役時代から、野球知識の乏しい記者と細かい野球の話をするのを好まなかった。今も「素人に何が分かる」と言わんばかりだ。
OBとの関係も難しい。今年の中日のコーチ陣はOBが少ない編成になっているが、その中の1人で投手チーフ担当の鈴木孝政がシーズン入
りしてから2軍に回った。すわ内紛か、とマスコミは手ぐすねを引いて見守る。 現役時代は怖いもの知らずだったが、監督としては重大なピンチをまだ経験していない。マスコミ、OBとの戦いは、巨人に勝つより難しいと感じる日が、やがて来るだろう。その試練にどう立ち向かうか、監督落合の真価がその時問われる。

落合博満(あちあいひろみつ)氏
1953年12月秋田県生まれ50歳秋田工業高校卒業。東洋大学中退後、東芝府中入社。79卒ドラフト3位でロッテ入団。82、85、86年に三冠王達成。ロッテ退団後、中日、巨人、日本ハムでプレーし、98年シーズン終了後引退。現役時代は首位打者、打点王、本塁打王をそれそれ5回、MVP2回、ベストナイン10回など。「オレ流」のマイペースの言動で知られる。2003年10月中日監督に就任。

Google Interview 2.0 – Larry Page

In thies exclusive, unpublished except from Playboy magazine’s September 2004 Interview with the Google Guys, co-founder Larry Page gives some insight into how his innovative company is managerd. …
Playboy: As companies grow, many lose what made them great in the first place. How will you manage Google when it grows even larger?

Page: Let’s look at the engineering side, where a lot of our creative work gets done. In most companies’ engineering departments, a manager will manage seven to 10 people. When the company grows, seven managers each will manage seven to 10 people. The managers report to one vice president. That works if you have 49 people. But then you grow to 350 people, and the seven people who work for one manager each have seven people. When you have — let’s see — 2,000 people, there’s another layer. You end up with layer upon layer. People at the bottom are alienated from those at the top. We’ve resisted that. We have far fewer managers, even though it means ours have to manage far more people. To make sure it works, we’re careful about the management we hire. We don’t have as many managers as we should, but we would rather have too few than too many. We want a thin structure. It could be too thin. The downside is that people don’t get the attention they need, especially the more junior people. But there’s a trade-off. We’re all more connected to one another, and more work gets done.

Playboy: Why exactly does the system generate more work?

Page: Partly because more people are actually doing work, not just managing those who do the work. Our structure allows us to have an unusually large number of small projects going on all the time. We have hundreds. There may be only three people on a project. On that scale, there’s a lot of creativity and a lot of self-managing. If you have just a few huge projects and you realize you’re going in the wrong direction, many people are on the wrong track. It’s difficult to stop. Here, if a small group realizes it’s going in the wrong direction, the group can fix it quickly and move on. We need to be even better in dealing with all the projects, but we do pretty well. The more projects, the more difficult it is to keep track of them. It’s worth struggling with that problem, though, because you keep this fun culture and people feel empowered. They have more control over what they’re doing.

Playboy: How do you manage hundreds of projects without many levels of management?

Page: We have pushed hard to automate many of the normal management tasks. For example, we have good systems for employee reviews. All of them are collected together so when our managers need them they have all the data written up. We also have systems that automate and track the management of all our projects. This allows an enormous amount of freedom. One time an engineer told me, “I’m not working on what you think I’m working on.” He explained that his work had evolved into something extremely relevant and important, but there was no place to track it in our system. I said, “Why don’t you enter it into the system?” “I can do that?” he said. I’m like, “Yeah, who else is going to do it?” We have a system that engineers can update to put themselves on another project. Someone else might say, “Whoa, wait a second. I don’t want people to be able to do that.” Well, it turns out you have two choices: You can try to control people, or you can try to have a system that represents reality. I find that knowing what’s really happening is more important than trying to control people.

Another system sends everyone in the company a weekly e-mail asking what they did the previous week. Everyone responds, and a program compiles all the responses. Right now I can get a list of what everybody throughout Google did last week. It’s a powerful thing. We may be sitting around arguing about why something isn’t being done or who is doing what, and we can instantly see exactly what’s going on — not in theory and not according to some chart but according to reports written by the people doing the work. These systems become more important the bigger we are.