編集長インタビュー – 堺屋太一

経営者たる者、周囲の動静、世間の甘言に惑わされて安易に流されず、「好き」なことを志にし、常に楽観的に「運」を儒じて目標実現を目指す。人間としてごく当たり前で最も素朴な発想こそ、経営者の絶対条件だと言う。元経済企画庁長官として国政に関わった身なればこそ、昨今の日本を憂う。だが、現場経済に関する限り、むしろ力を発揮する条件は整っているとも。あとは、経営者の素養次第。筋の通った強烈な“社長”の登場が待たれる。(聞き手は本誌編集長、奥寺憲穂)

「好き」を見極め、惑わず運を信じる

楽観論で目標実現に挑むのが経営者

世の中に対する不満、その「憤り」こそが経常者のカ

憎まれることを怖がらね人物でなければ、務まらね

世間に流され、「着手容易性」に委ねて責任転嫁する

それが、多くの経骨者が陥りがちな事業失敗の罠

【問】今、非常に厳しい時代ですが、企業が存在するためのカギはどこにあるのでしょうか?

【堺屋】まず起業する際には、その企業のコンセプト、概念を明確にしなければなりません。一体どんなテーマの仕事をしようとしているのか。小売店なら、安売り店なのか高級品店にするのか、百貨店か専門店か。どこかのまねをしようとしているのか、独創的なことをするのか。

そして、息子に譲るのか、自分一代で大きくしたいのか、個人でお金もうけをするのか、企業を大きくするのか・・・。そのコンセプトに向かって、技術も場所も資金も人材も全部合わせねばならない。ところが、多くの人はそもそもコンセプトというものがないんですね。

【問】皆さん自分なりに、コンセプトは描いていると言います。

【堺屋】コンセプトに矛盾が含まれているのが多いんです。仮に息子に譲るというコンセプトなら、あまり大きな規模ではない方がいい。例えば、ダイエーという会社は四兆円という膨大な規模を目指して、かつ息子に譲りたかった。これは明らかな矛盾。もし四兆円企業にするなら、既にファミリー会社ではない。

【問】特にオーナー企業は、そうした矛盾に直面しがちですね。

【堺屋】一九八〇年頃に第一次のベンチャーブームが起こつて、週刊誌にも色々な企業が載りましたが、週刊誌に出た東京本社のベンチャーで残っている企業はまずありません。有名になりたい人が多かったんですね。東京だとマスコミに出やすいから、売り上げ二〇億ぐらいあれば喜んで出てしまう。有名になる方が事業より大事だった。

【問】二○世紀の右肩上がりの時代には、そうした矛盾が通用してきたのかもしれません。

【堺屋】世の中には非常に垂丁連な人、幸運な会社というのがあるんです。風で舞い上がった紙がなかなか落ちてこないようにね。しかし、それは丁半博打で一〇〇連勝することがあるのと一緒で、本来目指すべきではない。たまたまということは必ずありますが、自分もそのたまたまになろうというのは一万人に一人の話。事業資金を得るのに競馬するようなものです。何よりコンセプトを貫くこと。これはどの時代でも変わりません。

【問】では、そのコンセプトを貫くために重要な要素とは?

【堺屋】自分が「何を好きか」を知ることです。これがなかなか難しい。人間は「有利だ」と言われたことを「好きだ」と勘違いする傾向があるんですね。

一〇年程前、医者が非常に有利だと言われたら、高校生で「私は医者が好きです」という人が増えた。ところが、いざ医学部に行って医者になったら、今度は病人ばかり相手では嫌だと言い、大量に厚生省の医務官を受けに来る。それなら、初めから法学部へ行って、国家公務員試験を通って行政官になった方がよかったはずですがね。

【問】その迷いは最近の日本人の特色と言えるかもしれません。

【堺屋】昔はひとまず有利な企業に入っていれば、そこそこ出世できた。取締役ぐらいにはなれて、宴会、ゴルフの誘いが絶えず、やがて天下りのポストがあった。そこそこの住宅に住んで、ローンを払い終わると土地が値上がりしていて小金も貯まる。そこそこの幸せ、いわゆるジャパニーズドリームですな。ところが、今やそれも夢。

【問】そうなってくると、なおさら経営者に「好き」かどうかを求めるのは困難では?

【堺屋】いや、経営者だからこそ、自分の好きなことを知り、自分の好きなことに参加してくれる同志を集めることが余計に重要になってくるんです。

ただ、形もない中でコンセプトを作っていくという空々漠々たる作業を煮詰めるには苦しさが伴う。すると必ず、「君、そんなことじやだめだよ。それなら応援しない」という輩が出てきて、ならばと、つい軌道修正してしまう。コンセプトは現実の行動に移さねばなりませんが、現実的という言葉がしばしば「着手容易性」にすりかえられてしまう。これが、事業の失敗する最大の理由です。

【問】安易な方に流れる、と。

【堺屋】現実性とは「目標実現性」なんです。ところが、世の事業者の多くは、そんなこと言っても現実に金を出してくれるのはこの人です。そんなこと言っても今あるお店はここです。うちの従業員はこれしかできません。私も年ですから・・・と、すぐに着手容易性に逃げてしまう。これが危険なんです。その内に、コンセプトがガチヤガチヤ変わってしまって、何をやっているのか見失ってしまう。

織田信長を考えてみましょうか。信長のコンセプトは天下布武。これは、武士だけが天下を支配する絶対王制を作るということで、その武士の親玉は私だから、私は絶対独裁者である。従って、朝廷も比叡山も一向宗徒も、他の大名、商人の座も権力は認めず、私だけに集中させるという考えなんです。

すると、すべてを敵に回すわけですから、そうは言っても現実的には一向宗とは手を結んだ方がいい、あるいは足利将軍とは手を結んだ方がいいですよ、という誘いが必ず出る。しかし、信長はそれを全部断ります。

そして、もし京都に城を建てて住めば、朝廷や寺に取り込まれるということで、彼は生涯、京都に屋敷も城も持たず、安土に城を造って志を貫いた。

一方、三好とか六角などが京都を占領するものの、足利将軍家に引かれて、すべて敗北。日蓮宗だキリスト教だと取り入れた者も全部だめ。皆、着手容易に惑わされた人達ですね。

【問】しかし、現在の経済環境は年々厳しくなり、目標実現性を貫くのは容易ではありません。

【堺屋】いや、条件は良くなっています。今は終戦直後に次いで起業しやすい時代ですから。存続させるのも個人の素養次第ですが、素養がいいか悪いかよりも、やはり「好き」かどう
かなんですね。例えば、アート引越センターの寺田千代乃さんやドトールコーヒーの鳥羽博道さんなどは、本当に「好き」なんですね。彼らはまさに、目標実現性だけを追求して、着手容易性には全く見向きもしない。

もう一つ重要なことが「憤り」です。今の会社にも世の中にも不満がある。その憤りが経営者の大事な要素になる。要するに「俺が、俺が」なんです。俺が変える、俺が作るんだ、とね。松下幸之助さんは九二歳で死ぬまで憤りの塊でした。

【問】特に起業には、それくらいのパワーが求められますね。

【堺屋】ところがね、今は情報が簡単に入るし発信もできる。お金も余って低金利。土地も人も余っている。それだけに目移りして、自分に対する厳しさを保ちにくい時代でしょう。

それにね、憎まれる生き方をできる人が少ない。新たに起業するというのは、既存の企業から見れば迷惑な話で、コンセプトを貫くのは我が儘です。だから、嫌われる。しかし、嫌われることを怖がらない人物でなければ、変革期の経営者は務まらない。それはやはり信念ですね。

そして最後は「運」。人生は常に運に左右されます。ただ、自分の失敗を運と思ってはいけない。常に自分は運がいいと思っていることが、経営者に求められる三番日の資質です。

【問】確かに、伸び盛りの経営者には楽観的な気質を感じます。

【堺屋】アランという哲学者が「健全な楽観論」ということを言ってます。これは小渕内閣のキャッチフレーズでもあったんですが。悲観論というのは感情なんです。もう日本はだめだ、この業界もだめだ・・・。そんなセンチメンタリズムに身を委ねていると非常に心地いい。大抵の人が持っている一種の破滅願望なんですね。ところが、楽観論というのは、感情じゃなしに、意志なんです。

今の日本の財政を考えると、「このまま行けば」破滅に向かうことは誰にも分かる。しかし、問題は日本の財政は破滅に向かつているということではなく、「このままいけば」という条件を変えねばならないということ。会社経営も同様。このまま行くと、会社は倒産します。この「このまま行くと」が問題なんです。「倒産します」が結論ではなく、「このまま行ってはいけません」が結論なんです。

もし、幕未に幕府の財政を考えたら、「このまま行けば破滅します」という答えが出たに違いない。ところが、明治維新を起こして「このまま行かなかった」から日本は再建できた。

経営者は、破滅的結論ではなく、常に建設的結論を出すための条件を探す人でなければだめなんです。「このままいっちゃいかん」と思う人でなければね。

【問】経営者に限らず、悲観論は日本人の特性かもしれません。

【堺屋】昭和一六年、国民学校制が敷かれて以降、日本は人々がいかに志を持たず、憤りを持たず、悲観的に生きるかという教育をしてきました。通学区域を作り、それぞれの学校にいろんな性格の生徒を混ぜて平均的な教育を行う。そして、指導要綱によって、得意なものを伸ばすより、欠点をなくす教育をする。

アメリカは逆に特技を伸ばす。体育が得意な子には、算数の時間も体育をさせます。先進国ではそうなんです。自由競争とはそういうもの。「個性世界」と「型の文化」の違いですね。

【問】ただ、さすがにそうした型の文化を否定しようという動きは顕在化しっつあるのでは?

【堺屋】いやいや、逆に猛烈に強化し始めたんですよ。財政も金融も諸規制も、橋本内閣から次第に績める方向に来て、予算編成もその方向にあった。ところが、小泉内閣になってから、すべてまた官僚統制に変わった。

例えば、今の教育制度は先生のためのものなんですな。先生が楽になるように、授業をどんどん減らす。だから、「北斗七星」も教えないとか、円周率は「3」とかいうことになる。

【問】今の子供達の大人になった時のことを考えたら、少々怖いですね。志と憤りを持った経営者が出てくる土壌も出来ない。

【堺屋】日本の創業率はずっと落ちていましたが、九八年から三年間、小渕・森内閣の時は上がっていたんですよ。何だかんだ言われても、規制複和、自由化をやっておった。創業者をおだてていたんですね。だから、経済戦略会議でも本来なら経団連のお歴々が並ぶところを、アサヒビールの樋口廣太郎さんが座長で、森ビルの森稔さんとか、寺田千代乃さんといった人達が入っていた。今の小泉内閣の審議会には、もうそんな人達はいませんよ。日本はもっと、創業者を尊敬しなければならん。将来を見据えるためにもね。

さかいや・たいち(本名:池口小太郎=いけぐち・こたろう)1935年7月大阪府生まれ。東京大学経済学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)入省。70年の日本万国博覧会の企画、沖縄海洋博などの計画推進に活躍。78年、通産省を退官し、執筆・講演活動に。98年7月から2000年12月まで経済企画庁長官を務めた他、政府税制調査会委員、内閣特別顧問などを歴任。作家としては75年に「油断」でデビュー。著書は「団塊の世代」「峠の群像」「知価革命」「豊臣秀長」など多数

(NIKKEI VENTURE 2003.9)

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